モダンの作法

あけましておめでとうございます。
長坂です。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

表現出来る喜びをしっかり感謝して、
ブルードレス全店昨日からスタートしてますので是非よろしくお願いいたします!

皆様に感動をして頂けるような仕事を目指し堅実に取り組んでいきます。

信じる作法があればこその謙虚、
謙虚である故の改善。
進歩的日々を期待して、誠に勝手ながら下記の文章を送らせて頂きました。

雑誌 詩と評論
ユリイカ』95年6月号。
フランスを代表する作曲家ピエール・ブーレーズに関して、評論家で大阪大学名誉教授の山崎正和氏の文章抜粋です。

《文明史のなかの人間は、灼けたトタン屋根のうえに立つ猫のような生き物であって、行く末もわからず、ただ一歩ずつ当面の熱さを回避してきた存在だといえそうです。文明上の改革とか拡大とは、要するにそうした猫の一歩にほかならず、無限につづくパッチワークの一つなのであって、本来、進歩や堕落といった価値的な尺度とは無縁のものだったのです。それを文明の進歩と呼んだ思想家はもちろん幼稚でしたが、逆に堕落と決めつけるのも傲慢な思想というべきでしょう。
問題は、熱い屋根のうえで改善の一歩を踏み出すか、あえて熱さに耐えて改善を拒むかという選択ですが、どちらが真に賢明であるかは、人間の知恵のおよぶところではないでしょう。ただひとついえることは、後者を主張するイリイッチよりも、前者を選ぶ「専門家」のほうが、見かけに反して実は謙虚だというということです。
熱さから逃げようとする専門家は、逃げたその先に何があるかしらず、現状が究極の行き止まりであるとは知らないがゆえに行動します。人間が文明のどの段階で満足すべきか知らず、むしろそれがわからないと知っているがゆえに行動します。一方、熱さに耐えようとする賢者は世界の全体についてたかをくくり、どこへ逃げても同じだとわかっていると考えて、人に忍耐を勧めます。》
山崎正和



blues dress
長坂一詩